「姿造り」は、本当は美味しくないの?

新鮮な魚でなくては出来ない「姿造り」は、見た目にインパクトがあり華やかで豪華な盛り方。旅館や民宿で「姿づくり」が出てくると歓声も起きますし、予期していなければ喜びも倍増です。

お頭もついた「姿づくり」は、「新鮮さ」という意味ではもちろん掛け値なしですが、「姿造り」=「ほんとうに美味しい」のかというと評価の別れる所。実際には、姿造りとなる魚介の種類によっても、大きく異なるといいます。

その理由として、すべての魚介類は新鮮であればあるほど美味しいか、と言えばかならずしもそうではないものもある、ということ。魚は死後、鮮度が失われる一方、特に白身魚などは時間が経つにつれて、身の中のアミノ酸が増え、旨味が増すことが知られています。

よって、お店などの生簀や水槽に入れられ、ついさっきまで泳いでいたような魚を「姿造り」にしてくれるお店は、新鮮さ、という意味では抜群でありサービス精神にも富んでいる(もちろん値段もそれなり)わけですが、「旨味」という観点で見ると、アミノ酸などの旨味成分はすこし物足りない、ということにもなりかねない、というわけです。

一方で、新鮮ならではの「ぶりぶりっ」とした歯ごたえや食味はあるので、一概に美味しくないというわけでもないのです。

そもそも人が感じる「美味しいさ」と、料理の見た目や気分は大いに関係するので、「姿造り」で気分が上がってテンションもあがる、喜びや幸福が脳を支配するのであれば、結果その方が美味しい!というのもあながち間違っているわけではないのです。

科学的に見たときのうま味成分の量の多寡と、実際に美味しいと感じるかどうか。単純に、数字やデータだけでは「美味しさ」は計りきれない、というお話でした。

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