2024年7月21日
おでかけ国内

六義園で秋を楽しむ方法

柳澤吉保の築いた名庭園

山手線の駒込駅または東京メトロ南北線の駒込駅から徒歩約7分の場所に位置するのが「六義園」です。都内においては後楽園駅のすぐそばにある「小石川後楽園」や汐留駅・築地市場駅から歩いて約7分ほどの場所にある旧浜離宮庭園(浜離宮恩賜庭園)と並び称される日本庭園であり、国の特別名勝にも指定されている素晴らしいこの庭園に、秋の散策をしに行ってきました。

秋の六義園

「六義園」は、江戸時代前期の譜代大名であり徳川第5代将軍・綱吉に仕えた「柳澤吉保(柳沢吉保)」(1658―1714)が、自ら指揮を取り、設計にまで携わって約7年の月日をかけて造り上げたといわれる庭園です。

柳澤吉保は綱吉が将軍職に就く前から綱吉に仕えて厚い信任を得、綱吉が5代将軍となって以降は側近として支え、老中のさらに上格とされる左近衛権少将にまで上り詰めました。忠臣とされながらも様々な評価をされている柳澤吉保ですが、実際の人物像の真相は歴史の中に隠されているとしても、現在形として確実に残されているのがこの庭園なのです。

漢詩などに深い知識と造詣があったという柳澤吉保のセンスが随所にちりばめられたこの名庭園の名は、中国最古の詩集「詩経」の分類法で、内容ごとに3つに分けた風・雅・頌と、表現法で分けた賦、比、興の総称「六義」から取られているといい、中島が設けられた大泉水と築山、巨大な滝石などが点在する「回遊式築山泉水庭園」の庭園は、完成当時から「江戸の二大庭園」と評判だったそうです。

六義園の美しさ

秋の六義園

吉保なき後は次第に荒廃してしまったそうですが、明治時代に入ってから、明治の大実業家で三菱財閥の創始者として知られる岩崎弥太郎によって買い取られ、弥太郎の別宅として修繕・改築され、その美しさを取り戻しました。1938年には当時の東京市に寄贈され、以降一般に広く公開されるようになったそうです。

そんな六義園に入って驚くのが、都心にあるにもかかわらず周囲の雑踏や喧噪をはるか遠くに感じるような広大な敷地と自然の豊かさ。そして庭園としての美しさです。

秋の六義園

よく考えられ、巧みに計算されて散りばめられているのであろう池や木々や巨石、滝や山などが作り出す景色は、自分が今都心にいるのかどこにいるのか一瞬わからなくなるほどの爽快さと開放感と落ち着きを伴う「絶景」であり、そこに佇むだけで雑念がすっと消えていくような気さえする雰囲気があるのです。春夏秋冬、いつ訪れてもそれぞれの季節ならではのこの美しさを感じることはできるのですが、やはり紅葉の美しい秋から初冬にかけての風景は特別です。

青空の良く晴れた日であれば、それはさらに極上のものとなります。

六義園で秋を楽しむための方法はとっても簡単。一人でゆっくり歩くこと。時々立ち止まって深呼吸をすること、それだけです。

特におすすめなのは、やはり園内で一番高い「富士見山」からの景色を眺めながら、深くゆっくりと深呼吸をすること。そうして30分くらい何も考えず佇むことです。

しばしの間、仕事や勉強や家事や育児のこと、人付き合いや色々な悩み苦しみなどを忘れて、頭の中を空っぽにして景色をぼーっと眺めるだけ。

もしかして、権力や地位や名誉を求めて様々な人々の欲望や思念、欺瞞が渦巻き、殺伐とした雰囲気に満ちていたかもしれない幕府の中枢に長年居て、時に身も心も疲弊することがあったかもしれない柳澤吉保も、こうして景色を眺めていたのかもしれないと思うと、また少し頑張れるような気もしてくるのです。

六義園の秋の風景

秋の六義園

秋の六義園

秋の六義園

秋の六義園

秋の六義園

秋の六義園

秋の六義園

お近くにお越しの際はぜひ足を運んでみてくださいね。
住所:東京都文京区本駒込六丁目
電話:03-3941-2222 六義園サービスセンター
交通:東京メトロ南北線「駒込」駅より徒歩約7分
JR山手線「駒込」駅南口から徒歩約7分
都営地下鉄三田線「千石」(I14)下車 徒歩10分
開園時間:午前9時~午後5時(入園は午後4時30分まで)
休園日:年末・年始 (12月29日~1月1日)
入園料:一般 300円 65歳以上 150円(小学生以下及び都内在住・在学の中学生は無料)